序章◆千本桜夢現(せんぼんざくらゆめうつつ)


 日ノ本の国に今年もこの季節が巡り来た。

 満開の桜が咲き誇り、街中が薄紅色に染まる季節――雲ひとつ無い絶好の花見日和。

 夜桜を肴に酒を呑むのも一興だが、桜の木の下で長閑に微睡みたいのなら、やはり日中が好ましい。

 木陰に留まる薄汚れた冬の忘れ雪をもとかすように花びらが優しく覆っていく。

「ほんっと春っていいわねぇ、ぽっかぽか陽気の中で、桜を肴にのんびり呑む酒はまた格別だわ~」

 目の前に広がる春ならではの景観を楽しみながら、日本酒の一升瓶を片手に杯に注ぐのももどかしげに豪快に呷っていた美女が感嘆の声をあげる。

 その美女の膝枕で心地よさげにうたた寝をしている男が「飲み過ぎ、鳴子(めいこ)」と呟くと、鳴子は「うるさい、海斗(かいと)」と即座に返し、彼の額をぴしゃりと叩いた。

 海斗は苦笑しながら「はいはい」と答え、彼女とは逆側に寝返りをうった。微睡みの中、うっすらと瞼を開けると、澄み渡った空の下、春風に舞う桜の花びらの中で鶯色の髪の乙女が歌い踊っている。

「……未來(みく)、また歌がうまくなったなぁ」

 思わずそう漏らし、そのまま再び眠りに落ちていく海斗に、鳴子は「本当にね」と頷いて未來に拍手を送った。その拍手の音につられるように、鳴子たちの真向かいに座していた金髪の双子もぱちぱちと拍手を送る。

 未來と呼ばれた少女は、面食らったようにみんなを振り返った。

「やだ鳴子姉(ねえ)、鈴(りん)も錬(れん)も……いったいなぁに?」

「歌がうまくなったなぁって、素直に感心してんの。春の中で舞う歌姫……うん、なかなか絵になってたわよ」

 何気ない姉の褒め言葉が嬉しくて、未來は朱が刷かれた頬を見られまいと照れくさそうに背を向ける。

「だって……だって見て、本当に綺麗。こんなに満開の桜の下で歌が歌えるなんて、まるで夢の中みたい……」

 両の腕を広げ桜色に染まった春風をその身いっぱいに受け止めながら、未來は夢見る瞳で桜を見上げ微笑んだ。

 毎年、春が訪れる度にこの桜並木の下で花見をしながら食べたり飲んだり歌ったりすることが、未來たちの一番の楽しみだった。

 去年もその前もそうであったように、来年も再来年も、ずっとこうして同じようにみんなと日々を重ねていくに違いない。それはとても平凡な幸せだけれど、何ものにも代えがたい大切な日常なのだ。

 桜の木々の間から零れる暖かな春光が、そんな未來たちのささやかな未来を照らしているようで、誰もが自然と笑顔になった。

「こんな見晴らしのいい場所を取ってくれた海斗兄(にい)に感謝しないとなー」

 一番下の弟、錬が、美味しそうに三色団子を頬張りながら云った。

 そのすぐ隣で同じ顔で同じように三色団子を食べている双子の姉、鈴が続ける。

「ふふ、でもその海斗兄は、せっかくの桜に背を向けてまた居眠りしちゃってるんだけどね」

 鈴の言葉に頷きながら、鳴子は自分の膝枕で気持ちよさそうに熟睡している海斗を一瞥してあきれ顔で云った。

「いくら場所取りで疲れているとはいえ、まったく失礼な男よねぇ。身近な花にも気づきやしない」

 鳴子は不満そうに一升瓶を掴み上げた。その一升瓶を海斗の頭の上にでも振り下ろすのかと、その場にいた全員が一瞬冷やっとしたが、何事もなかったかのように、ぐびぐびと呑み続ける鳴子の姿に、一同は安堵する。

 しかし呑むペースがいつもよりやけに早いのは、単に酒が好きだという理由だけでもないようだ。

「そういえばさぁ、この辺りに伝わる奇妙な噂、知ってる?」

 相当出来上がっているのか、鳴子が何の脈絡も無く唐突に話し始めた。

 未來は舞を続けながら、再び鳴子の話に耳を傾ける。

「奇妙な噂って?」

「美しい桜に心を奪われていると、どこからか神様が謡う歌が聞こえてきて、『神隠し』に遭うんだってさ」

 神様の謡う歌……神隠し……。

 未來は瞳を輝かせ両手を胸の前で合わせ考える。もしそんな歌が存在するなら、それはどんなに素敵な歌だろう。

「ねえ、鳴子姉。神隠しってなあに?」

 双子の姉――鈴が、興味津々の顔で訊ねた。弟の錬の方は、今度は重箱のお弁当に箸を伸ばしている。

「神隠しっていうのは……神様にさらわれて、どこかにいなくなっちゃうこと、かな?」

 小学六年生になったばかりの鈴にもわかるように、鳴子はなるべく簡単な言葉を選んで説明した。といっても、これ以上詳しく訊かれても鳴子にもわからないのだが、おそらく意味は間違っていないはずだ。

「じゃあ、流歌(るか)姉も神隠しにあったの?」

 鈴は西洋人形のような、つぶらな瞳をしばたたかせて訊ねる。

「流歌が? どうして?」

「だっていないもん」

 鈴の言葉に、爆睡中の海斗を除いた全員が辺りを見回した。そういえば上から二番目の姉、流歌がブログに載せる写真を撮りにいくと云い出して出かけたまま、もうかなりの時間が経っている。

「あの子のことだから、またどっかで迷子になってるんじゃないの?」

 鳴子は明るく笑い飛ばしたが、未來はそれを聞いた途端に顔面が蒼白になる。無論、流歌が『神隠し』に遭ったなどと思ったからではない。彼女が信じられないほどの方向音痴だからだ。

 あれは去年の花見の席。同じように買い出しに出かけて、流歌はとうとうその日は戻ってこなかった。未來たちは警察にも届け出て必死に捜し回ったが、結局、流歌は一週間後に自力で歩いて家に戻ってきたのだ。

「流歌は方向音痴のくせに桜の木と保護色だから、こういう場所で迷子になると捜すの大変なのよね」

 保護色……。

 確かに流歌の長い髪は見事な撫子色だが、今はそんな冗談に感心している場合ではなかった。未來は急いでポケットから携帯電話を取り出し、電話を掛けてみる。去年の教訓から家族全員、一人一人携帯電話を持つようにしているのだ。

 次の瞬間。鳴子の傍らに置かれたバッグの中から、流歌の持ち歌『紅一葉』(あかひとは)の着メロが鳴り響いた。流歌の携帯電話の着信音だ。

「あの子、ケータイ忘れてってる。というより、バッグごと置きっ放し! あーあ、もう。ご自慢の一眼レフのカメラも持っていってないってナイんじゃない! いったい何をどう撮るつもりらったのよ!?」

 開けっ放しの流歌のバッグの中から携帯電話を取り出し、「もしも~し。ただいま流歌は迷子中です。ピーという発信音の後に……」と云うと鳴子は一人で爆笑した。だめだ。完全に出来上がってる。

 問題の流歌もカメラを忘れたことに気づいたら、普通ならすぐに引き返してくるはずだが、それが戻らないとなると、やはりまた迷子になっているとしか考えられない。

「はあ、もう仕方ない。アタシ、ちょっと流歌を捜してくるわ。桜並木沿いに歩いていけばすぐに見つかるれしょ」

 鳴子はひとしきり笑った後、一升瓶を支えにして立ち上がろうとして、それができないことに気づいた。膝の上で気持ちよさそうに寝ている海斗を睥睨して忌々しそうに舌打ちする。

「あ、やっぱりボクが捜してくる。鳴子姉はそのままでいて。海斗兄も場所取りでここのところ、寝てないし……」

 疲労困憊の海斗と泥酔寸前の鳴子の身を案じ、未來は流歌を捜しにいく役を買って出た。

「ん。そう? なんかわるいわね、未來。しかしあんたってば、歌だけじゃなくて空気読むのまでうまくなっちゃって~」

「だって鳴子姉もかなり酔ってるみたいだし、そのままいかせたら迷子が一人増えそうなんだもん」

「はは、違いないわ」

 すでに茣蓙の端にしゃがんで太ももまである長いブーツを履き始めている未來に、鳴子は肩をすくめて苦笑した。

「じゃあ、いってくる。流歌姉が見つかったら電話、する……から……ふわぁ……」

 立ち上がった瞬間、未來は意識を失いそうになるほどの強烈な睡魔に襲われた。

 ――あれ。なんで、こんなに急に眠く……。

「わたしたちも一緒にいこうか?」

 大きなあくびをしてふらつく未來を見て心配げな顔を向ける鈴と錬に、大丈夫だからと未來は微笑んだ。その代わり泥酔気味の鳴子と眠りこけている海斗をお願いねと告げる。

「ああ、待って、未來」

 未來が歩き出そうとしたところで、鳴子が呼び止める。未來は地面に付きそうなほどの長い髪を翻し振り返った。始終ご機嫌だった鳴子が、やけに真剣なまなざしを未來に向け、一言釘を刺す。

「流歌を捜しにいくのはいいけど、あんたも子供の頃に、ここで一度迷子なったことがあるんらから……気をつけなさいよ」

「え……?」

 未來は息を呑んだ。

 鈴と錬も驚いたように同時に鳴子を見つめ、次いで未來を見た。

 ボクが――ここで迷子になったことがある? 

 初耳だった。そんなこと、いま鳴子姉に云われるまで知らなかった……。

「まあ、あんたの場合は、すぐ見つかったんらけどね……」

 そう、鳴子は付け足した。




 ――流歌姉、どこまでいっちゃったんだろう……。

 いけどもいけども桜、桜、桜。

 果てしなく続いているのか、それとも同じ所をぐるぐると廻り続けているのか、それすらもわからなくなるほど、未來は、この桜の迷宮をもう四、五〇分は走り回っている。並木というよりまるで桜の森――この一帯を『千本桜』(せんぼんざくら)と呼称する所以だ。

 木々の合間から漏れる光と桜の花びらが幾重にも降り注ぎ、未來のゆく手を阻むように世界を桜色に塗り替えていく。

 それは幼き頃に見た、くるりと廻せばきらりと光り、様々に姿を変える万華鏡のように……。

 忘れていた遠い記憶が蘇った気がして、その光の先に手を伸ばした刹那――。


   千本桜 夜ニ紛レ……


 どこからともなく響き渡る美しい旋律と声音に、未來は弾かれたようにその場に立ち止まる。

 そして、気づいた。

 降りしきる桜吹雪の中、眼前にそびえる視界を覆うほどの巨大な桜の樹に。

 その堂々たる幹には、大きな注連縄が厳かに巻かれていた。

「なんて立派な桜……」

 幹に手を触れて感嘆のため息を漏らし、未來は思わず呟いていた。


 美しい桜に心を奪われたりすると、どこからか神様が謡う歌が聞こえてきて、『神隠し』に遭うんだってさ――。


 ふと、先ほどの鳴子の話を思い出した。

 ――ま、まさか、これが神隠し?

 未來は咄嗟に自分のツインテールを両の手で握ると、思い切り横に引っ張ってみた。

 び~ん。

 痛い。やはりこれは現実だ。

 でも、現実なら――先ほどお花見でランチを食べたばかりだというのに、どうして空には蒼白い月が浮かんでいるのだろう。

 冷ややかな月の光を目にするうちに、急に不安に駆られて未來は叫んだ。

「だ、誰かいませんか!?」

 周囲にはもう花見客もいなければ、勿論神様も見あたらない。

 この桜に囲まれた世界にいるのは、自分一人になったように思えてくる。

 もう一度、大声で叫ぶ。

 すると、桜の木の陰から、黒い何かが目の前に飛び出してきた。

 ――えっ! な、なにあれ!?

 その姿は一見した限り……そう、黒装束の……『忍者』だった。

 何故こんな場所に忍者の恰好をした人がいるのか!? だが、その忍者は同性の未來から見ても、息を呑むほど美しかった。

「ああら、どうかして?」

 忍者は女性にしてはやけに低い声で、未來を挑発するかのように一歩踏み出した。

 たわわな胸が上下に大きく揺れる。

 このボクへの――挑戦としか思えない。

 未來も負けじと一歩踏み出す。

 しかし、残念ながら何も揺れなかった。

「あ、あのう……ひっ!?」

 声を掛けようとした次の瞬間、空気が音を立てて唸る。

 反射的に、未來は背骨が軋むほど大きく上体を反らした。と同時に、鼻先を掠めるように何かが高速で飛び越していく。

 逃げ遅れた長い髪がひと房、引き千切られて闇に舞う。

「ふっ。さすが帝國軍人……確実に仕留めたと思ったけど、まさか避けるとは……大したものだわ」

「て、ていこく軍人!?」

 未來は改めて自分の姿を見て、そのクリッとした瞳をさらに大きく見開いた。

 先ほどまでは確かに銀色に輝くノースリーブの上着にプリーツの入った黒のミニスカート、そのスカートと同色の太ももまである長いブーツを履いていたはずなのに……。

 それがいつの間にか、未來は着物の袖に『桜』と覚しき柄の入った長春色の軍服を着ている。下はミニスカートで、太ももの半ばまであるニーハイソックスと、靴底が下駄という見たことも聞いたこともないような膝下まであるブーツを履いていた。

 ――いつの間に、ボクはこんな恰好に!?

「ふふ、あなたの考えていること、手に取るようにわかるわよ。アタシの声が低いから、オカマだと思ってるんでしょ!」

「い、いえ、そんな失礼なことこれっぽっちも思ってませんっ!」

 未來は慌てて首を横に振った。

 彼女のかすれたような低い声は、きっとハスキーボイスというものなのだろう。

 いや、いずれにせよそんな理由でまた襲われたのでは、たまったものではない。

「いいのよ。本当のことなんだから」

「は?」

「オカマなのよ、アタシ」

 ええーっ!? 本物?

「わかるわよ、あなたの考えてること。アタシがオカマであちこち偽物だから、バカにしているんでしょう?」

「ば、バカになんてしてません……」

 いきなりオカマだとカミングアウトされたことには驚いたけど、できればもうこれ以上、関わりたくないだけです……。

「フン。あんたなんて本物の女のくせに、ろくすっぽ胸も膨らんでないじゃない」

 失礼な。

「でも……いいわよね、あんた」

 目の前に対峙した忍者……否、オカマ忍者は、急に哀しそうな声で云った。そのルージュをひいたような赤い唇から、長年の疲れを吐き出すように、深いため息を漏らす。

「若くてぷりぷりしてて、肌もしっとり綺麗で、きらきらしてて可愛くて……うらやましいわ」

 一転して未來のことを嫉妬するような表情で睨み付けると、手元にパシリと『鎖鎌』を引き戻し握り締めた。

「そして同時に……そのぷりぷりしっとりキラキラがこれ以上無いほどに妬ましいのよっ!」

 怒気と共に鎖鎌の一方の端――分銅を地面に叩きつけると、分銅は地中に抉り込み、その地響きに揺らいだ巨樹がばっと桜の花びらを散らした。

 先ほど空気が音を立てて唸ったのは、この武器のせいだ。

 もし、あんなものが本当に当たったら、絶対に怪我だけじゃ済まされない。

「あの、その鎖鎌とか……何かの冗談ですよね? これって映画か何かの撮影で、カメラがどこかにあるんですよね?」

 そうだ。これは映画の撮影なのだ。

 映画のセットなら、この見たこともないほどに巨大な桜の木の存在にも頷ける。

 よくできてるけど、きっと作り物だ。

 ボクは何かの映画の撮影に紛れ込んでしまって、このオカマ忍者は演技を続けているのだ。

 未來は恐怖に引きつった表情で、ゆっくりと後ずさる。

「撮影? あなたこれが活動写真か何かだと思っているの。でも、あいにくとそんなものじゃないわ。あなたはこれから、アタシに『喰われる』のよ」

 く、喰われる!?

「あら、わからない? つまりはこういうことよ!」

 オカマ忍者に蹴り飛ばされたと理解したのは、未來が何メートルも後方の桜の木に激しく頭と背中をぶつけた後だった。

「……くっ……ぁ」

 痛みは意外にも感じず、意識だけが遠のく。

 軽い脳震盪を起こしたのか、視界が霞んだ。

 全身から力が抜けていく。桜の幹に寄りかかった躯が、徐々に傾いで地面に倒れていく。

「他愛も無い……反撃はどうしたのよ? 帝都を守護する『神憑』(かみつき)といえど、所詮、小娘の力ではこの程度なのかしら?」

 オカマ忍者は無様に地面に転がったままの未來に近づき、見下すような口調で吐き捨てた。睥睨したまま片足を上げると、まだ動けないでいる未來の躯を踏みつける。

 未來は朦朧とする意識の中で、なんとか躯を潰されないように両腕を胸の前で交差させて護る。

 そして両腕に力を込め、声無き声で抗議する。

 なんてこと!

 よりによってなんで胸!?

「弱すぎる……が、まあいいわ。永遠に生きる『神憑』を喰らえば、アタシはまた暫くこの美貌を保つことができる……」

 どこかうっとりするように呟いたオカマ忍者は、ようやく未來を蹴りつけるのをやめると、今度はその細い首に手を掛けて、そのまま片手で未來の躯を持ち上げた。

 蒼白い満月の光が反射して、オカマ忍者の残忍な瞳が鈍く光る。

 彼女はまるで吸血鬼のように、未來の首筋に唇をつけようとする。

 ――こ、殺される……。

「ちょっと待った!」

 突如として投げかけられた声に、オカマ忍者は振り返った。

 黒い半外套を小粋に翻して現れた金髪の少年が、上斜め前方に挙手しながら声を張り上げる。

「我ら大日本帝國『神憑特殊桜小隊』(かみつきとくしゅさくらしょうたい)! 鏡音錬(かがみねれん)! そして、今一人はっ」

 そう息巻く錬と名乗る少年の横には――。

 心ここにあらずといった表情の隻眼の少女が、ぼうっと突っ立っていた……。

「い、今一人は、姉の鈴(りん)!」

 仕方なく少年は補足する。

「錬!? それに鈴も!」

 未來は目の前に現れた双子の姉弟の姿に目を見開いた。

 二人ともいつ着替えたものか、未來と同じような振袖の付いた軍服を着ている。鈴と錬の振袖にはそれぞれ、『蝶』と『扇』の模様が施されていた。

 きっと二人のことだから、何か遊びの延長だとでも勘違いして、目の前に飛び出してきたに違いない。鈴も錬も知らないのだ。目の前にいるオカマ忍者がどれだけ危険かということを。

「かっこつけてないで、二人とも、に、逃げて!」

 必死の思いで未來は擦れた声を絞り出して叫んだ。こんなわけのわからない相手に、大切な妹と弟を傷つけさせるわけにはいかない。

「神憑特殊桜小隊? ふん、そうか、なるほど。ではこの娘と同じ、『神憑』か。ふふ、今夜は食べ放題じゃないか」

「貴様! 未來姉から離れろ!」

 錬が叫んだ。着物の柄ではない本物の扇を二柄、袖の中から掴み出すと錬は果敢にもオカマ忍者に向かって走る。

 それを見て、オカマ忍者が、くっくと嗤った。

 二柄の扇を武器に、真っ正面から勢いよく突進してくる錬を、オカマ忍者は鎖鎌を構えもせずに待ち受けていた。

 だめ――錬、相手にしちゃ!

 戦いの経験など皆無だったが、未來はそう確信した。

「未來姉を護る!」

 未來が制止するよりも一瞬速く、錬はオカマ忍者に黒き疾風のごとく飛び掛かった。ジャンプし空中で身をよじり、右手の扇を投げつけ、それを相手が鎌で弾き飛ばした瞬間、更に左の扇で打ち掛かる。

 だが、オカマ忍者は錬の左扇を躯を軽く傾け紙一重で避けると、錬の顔を狙って分銅を繰り出した。

「ぐっ!」

「錬!!」

 夜目にもはっきりと、血飛沫が上がった。

 片目を押さえて、どうっと地面に落ちる。

「ひ、人殺し!」

 叫びながら未來は、咄嗟に拾い上げた石を投げつけた。

 こんなものでこのオカマ忍者を撃退できるとは思えない。が、黙って見ているわけにはいかない。

「二人に、手を出すな! ボ、ボクが、相手になってやる……!」

 未だ視界は回復せず、ともすれば意識すら手放しそうになる中で、未來は必死にオカマ忍者を睨み付ける。自分はどうなっても、大切な家族、鈴と錬を護らねば。

「立ち向かってくるというなら容赦はしない」

「うっ!」

 オカマ忍者が軽く手首をひねったと思った次の瞬間、未來の細い首が鎖鎌で絞め上げられた。

 瞬時にして呼吸する術を奪われた未來は、首に巻き付いた鎖を引き剥がそうとして藻掻くが、鎖は首に深く食い込むばかりで、未來の力ではとても解けそうにない。

 窒息寸前の未來の耳に、突然、別の男の声が飛び込んできた。

「俺の大切な妹を放してもらおうか」

 ――か、海斗兄?

 寂を含んだ声は紛れもなく兄のものだった。

 助けを求めようにも、未來は声が出せないどころか、巻き付いた鎖に首を潰されないよう藻掻くので精一杯だ。

「アタシの胸に刀を突きつけるとは無礼な男。そんなにこの小娘の首をへし折られたいか!」

「試してみるか? 俺の刀がお前の心臓を貫くのと、どちらが速いかを……」

「…………」

 一瞬の沈黙の後、不意に未來の呼吸が楽になった。刀を突きつけられたオカマ忍者が飛び退いて、鎖鎌の縛めが解かれたのだと理解したときには、未來の躯は糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。その躯を、駆けつけたばかりの女性が地面に倒れる寸前に優しく抱き留める。

「あたしたちが来たからにはもう大丈夫よ、未來」

 ――鳴子……姉……?

「ちっ。相手が多すぎる。少々、遊びすぎたか」

 舌打ちし、吐き捨てるようにオカマ忍者は呟くと、未來たちの足元に何かを投げつけた。その直後、濛々とした煙に包まれ、視界が完全に遮られた。

「煙幕だ!」

 忌々しげに海斗が叫んだときには、未來は鳴子の腕の中で昏倒していた。